日記・コラム・つぶやき

2008年8月 7日 (木)

花火大会

8月2日土曜日
地元の花火大会がありました。 
  
   
去年は花火大会会場にある
桟敷の真裏に建つホテルの一室で
目の前に広がる花火を父と一緒に楽しみました。 

  
早いもので 
あれから一年・・・・・・・・ 
  
 
父との思い出を家族で語りながら
今年は自宅から花火鑑賞です。 
  
 
2008 父が大好きだった
稲荷寿司を作り
夫には刺身を用意! 
 
いつもの様に
母の隣に父の写真と影膳を準備して
自宅の窓から花火を眺め
ゆっくりのんびり過ごしました。 
   
 
今年の花火大会。 
一家団欒のこの場所に父の姿はありません。 
  
でも
父が大好きだった
『千の風』の歌詞のように
いつも傍で見守っていてくれるような気がしています。 
 
 
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2008年6月10日 (火)

後見人決定

祖母の後見人がやっと決ました。
 
 
去年の夏頃から
後見人を立てる為に動き出していたので
一年弱という
実に長い時間を要しました。
  
  
   
しかし・・・・・・・
 

後見人の申請って

ハッキリ言って難しいっ!!
 
  
オマケに
申請が通るまでには
必要な書類を集めたり
裁判官との面接等の
色々な段階を踏まなければいけなくて
時間が掛かって大変です
!!  
  
  
 
我が家の場合
申請を出した当初は(去年)
祖母と父、二人分の
後見人を申し込んでいました。 
   
同時に同居家族二人分の
後見人を立てるというのが
最寄の裁判所では前例が無いとの事で
もしかしたら
その辺りが原因で
普通の方よりも
時間が掛かっているのかもしれませんが・・・・・・
 
    
それにしたって
一年弱って長過ぎ。 
 
 
介護の合間に時間を作って
必要書類を集めるだけでも大変ですし
こういう手続きって
もう少し簡単にできないものかと
思ってしまいます。 
  
 
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2008年6月 5日 (木)

【特養】は数年待ち

祖母の介護は
今後もプロの手に
お任せしようと考えています。 
  
 
一年程前から
数件の【特別養護老人施設】に
申し込みをしていますが
どこの施設も
2年~3年待ちは当たり前。
   
人気の施設では
5年近く待たなければ入れない施設もあり
この先数年は 
【特養】に入所できそうにありません。
    
  
 
でも
【グループホーム】なら
直ぐに入所できる施設があったので 
【特養】の順番がくるまで
取り合えず【グループ】に入る事も考えています。
   
 
しかし・・・・・・・
今の祖母は
痴呆の症状がかなり進んでいるので
受け入れてもらえるか分かりません・・・・・・・ 
 

  
 
認知症の症状が進むにつれて
気の強かった祖母も
子供のように無垢で無邪気な
《カワイイおばあちゃん》になってきました。 
 
この先の予定は未だ不明ですが   
祖母の為にも
楽しく明るく過ごせる方法を
慎重に考えたいと
母と話し合っています。 
  
 
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2008年5月13日 (火)

認知症に救われた祖母

記憶力や認識力の低下により
救われたのは
父だけではなく祖母(父の実母)も同じ。 
 
  
祖母(父の実母)は要介護3の認
知症。 
 

家族の顔は何となく覚えていても
どういう続柄なのか分らず
名前は思い出せない状態。 
 
 

入院中の父の元へ
私の兄夫婦が
祖母を連れて来てくれましたが

父を自分の息子だと認識できませんでした。 
 
  
 
【亡くなる】【葬式】
という状況も認識できない為
葬儀中は
終始ニッコニコの笑顔でご機嫌。
  
 
棺の中で横たわる父を見ても
「どうしたの?」
「何で寝てるの?」と笑顔で質問していました。
   
  
   
子供を産んでいない
私が言うのも何ですが・・・・・・
  
子供に先立たれるのは親として相当辛い筈。 
   
 
その状況を理解できず
大きな衝撃と悲しみを感じずに済んだ祖母は
認知症に救われてたのだと感じています。
  

  
 

随分前に認知症を
『神様からの贈り物』と表現した(うろ覚えです)
本か記事を目にした記憶がありますが
その意味が分る気がします。  
   
 
物は考えようで
全ての事柄は
マイナスにもプラスにも
捉えることができますし・・・・・・・ 

 
認知症も捉え方によっては  
悪い事ばかりでありません。 
 

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2008年5月10日 (土)

アルツハイマーにありがとう

入院する少し前から
アルツハイマーの症状が
かなり進行していましたので
日常会話も咬み合わない状態でした。
  
  
場所の認識力も低下していて
自分が何所に居るのか
理解できなかった為
母か私のどちらかが傍に居れば
それだけで安心してくれたので
入院中は一度も
帰宅願望の症状は
ありませんでした。
  

病気になって入院しているという事を 

所々で、理解できている様に
見受けられる時もありましたけど
それもほんの一瞬だけで・・・・・・
 
状況を理解できていない時間の方が
はるかに長い・・・・・
というより
殆どだったと思います。 
  
 
 
理解できて不安になったとしても
笑い話や明るい話題を出せば
次の瞬間にパッと笑顔に変わり
数秒前の不安は消えてしまうので
父は入院中
穏やかな感情で過ごしてくれました。
 
 

 
 
の恐怖や不安を感じずに済んだのは
皮肉なですが
アルツハイマーのお陰です。
 
 
若年性アルツハイマーの症状により
生活全般
に介助が必要で
様々な困難や悩みもありましたが
その症状によって
最後は救われました。 
  
 
もし
若年性アルツハイマーになっていなかったら
もし
介護が必要じゃなかったら
これ程まで
家族
で濃密な時間を過ごす事はなかった。 
 
 
私達家族に
家族の愛情や大切さを教えてくれて
最後に父を救ってくれた
アルツハイマーという病気に
今は『ありがとう』の気持ちです。 
  
 
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2008年5月 8日 (木)

父らしい葬儀

本人(父)の希望もあって
葬式は身内だけで執り行う
【家族葬】にしました。
  
格式張った感じではなく
全体的にゆる~い
自由な雰囲気の葬儀です。 
     
  
    
私自身、黒色の服は着ましたが
喪服ではありませんでしたし
母も着物ではなく洋服で参列。
 
要介護3の祖母(父の実母)にいたっては
喪服を用意する暇がなくて
普段着で出席しちゃいました。
   
 
祭壇には
父の大好物だった
生クリームがタップリのケーキを供え
通夜と葬儀には
黒い服を持っていない愛犬どるちぇ君が
明るいカラフルな服で
ちゃっかり家族の位置に着くという
ちょっと型破りなカジュアルな雰囲気。 
        
   
そして
出棺の際には花と一緒に
まだ食べていなかった
新発売のお菓子とケーキを
沢山、棺に入れて
どるちぇ君は父の額にお別れのキス。
  
   
 
参列者は家族と親戚だけなので
初七日以外の【おひじ】(料理)は
お惣菜やの弁当と
コンビニのお握りと菓子パンにし 
お通夜に来られた方に
お菓子を配るという
地域の風習も無しにしました。
 
 
   
十数年前に祖父の葬式を出した時は

通夜・葬儀の当日は
忙しくて慌しくて・・・・・・
葬儀が終わってからも
やる事が沢山あって
兎に角、大変だったという記憶しか残っていません。

でも、今回の葬儀は 
《父らしさ》に溢れて温かい式になりました。
  
   
 
時と場合によっては
格式や風習を守るのも大事かもしれない。
でも 
故人の気持ちを尊重したり
残された者達が納得する方法で
葬儀を行うのも
それはそれで良いんじゃないかな?
と思っています。
  
 
オリジナリティ溢れる父の葬儀。
 
葬儀が終わった直後も今も
私たち家族はみんな  
『とても良い式だった』という感想を抱いています。
 
 
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2008年5月 6日 (火)

笑顔の別れ

残された者の
凄く勝手で都合の良い思い込みだと
自分でも分っていますが・・・・・・
 
父は自分の人生に
悔いを残さず
満足していたと思います。 


進行し続けるアルツハイマーの症状に
父自身、深く悩んでいましたし
誰かの介助無しでは
着替えもトイレも行けない生活に
傷つき悲しい思いをしていた事実はありますが
それでも
満足して旅立ったと思うのです。  
 
 
というのも
最後の顔が笑っていたから・・・・・ 
  
 

亡くなった直後
看護師さんに施してもらった最後の処置で
顎を固定するための
白いゴムバンドが掛けられて時は
普通に穏やかな表情だったのに・・・・・・
 
自宅から葬儀場に移り
ゴムバンドが外された父の顔を見た瞬間
夫は息を呑み
私は思わず
「どうしてっ?!」
と大声を上げてしまいました。 
 
 
葬儀場の控え室で
横たわる父の表情は
満足そうで幸せそうな
父らしい優しい笑顔になっていました。 
   
  
『穏やかな顔』等と
よく表現しますが 
父の場合は笑顔そのもの。 
 
今、思い返してみても本当に不思議です。  
    

 
でも
最後の最後を笑顔で締めくくるなんて・・・・ 
  
もしかしたら
残された家族の悲しみを
少しでも和らげようとする
父の粋な計らいだったのかもしれません。 
 
 
家族へ向けた
最後のプレゼントは
幸せそうな最高の笑顔でした。
  
  
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2008年5月 5日 (月)

愛犬との深い繋がり

通夜と葬儀は
葬儀場で執り行うように
お願いしましたが
『自宅から送り出したい』という兄の希望で
病院から自宅へ父を搬送しました。


私の家でお留守番をしていた
愛犬どるちぇ君を連れて実家に戻ると

父は仏間に安置されて 
葬儀屋さんが用意した
白い布団に横たわる父の顔には
白い布が掛けられていました。 

 
 
母と二人で
父を真ん中に《川の字》になって
3人で横たわり
『お帰り、やっと帰れたね』と声を掛け
まだ温かさが残る父の体に触れた途端
張り詰めていた糸が切れたように
涙が溢れてきました。 
 
 
私が声を上げて大泣きしたのは
この一度だけ。 
 
父の胸に顔を埋めながら
母と私は
声を上げて思いっきり泣きました。
  


そして
目の中に入れても痛くない程
可愛がっていた愛犬どるちぇ君を
傍に連れて来ると
ピッタリと父に寄り添うように寝てしまい・・・・・ 
  
 
その姿は痛々しい程
健気で、愛情に満ちていて・・・・・
   
父と愛犬どるちぇ君の
繋がりの深さを感じさせられました。 

   
  
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2008年5月 3日 (土)

不思議な安堵感・・・・・

父が亡くなり
四十九日の法要を終えて
納骨を済ませた今でも
悲しくて、寂しい・・・・・・・ 
   
  

でも
不思議な事に
声を上げて泣いたのは一度だけで
父が息を引き取った時も
お葬式でも
私は殆ど泣かなかった。  
     
    
   
悲しくなかった訳ではないが 
『お疲れ様』
『ありがとう』という気持ちと
『父はやっと
 アルツハイマーと肝癌から開放されたんだ』
という気持ちの方が強かったと思う。 
  
  
文字にしてしまうと
非常に不適切な表現になってしまい
不快に感じる方も
いらっしゃるかも知れませんが・・・・・・・

   
『病気から開放されて良かった』
『もう、苦しくないんだ』という
《安堵感》・《安心感》・《開放感》のような
少し不思議な気持ちでした。 
   
  
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2008年3月15日 (土)

何所を見ても・・・・

家の中は父の物がいっぱい。 
 
  
洋服、下着類、リハパン類、食器類・・・・

父の使っていた物を
数え上げたら切が無い。 
 
 
何所を見ても父の物だらけ。 
 
 
 
今後の介護に備えて買った
折りたたみ式のベッド
結局、使ったのは1日だけ。
 
 
 
父が入院してから
折り畳んだままになっていた
ベッドを広げて横になってみた。
 
  
入院した日の朝の光景が
鮮明に思い出される。 
 
 
あの日
ベッドに横たわる父の足元には
愛犬どるちぇ君が居て
たった1日で
二人とも(父とどるちぇ君)ベッドに
馴染んでしまった様だった。 
 
 
たった1日しか使っていないのに
父の思い出が染込んでいる。 
 
 
 
  
暫くは
家の中の何を見ても
父の事を考えてしまうだろう。
  
でも
無理に忘れる必要も無いし
それでいいと思う。
 
 
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