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2008年4月14日 (月)

闘病記20  吐血

3月4日 《21時頃》
 
母が帰宅して
病室には父と私の二人きり。 
   
母が帰って暫くすると
父の様子が少しずつ変わってきました。
    
   
咳き込みながら
喉の辺りからゴロゴロと微かに
痰が絡まった様な音が聞こえる。 
    
そして時折
嘔吐しそうな仕草。 
  
 
 
念の為
吐いて布団や枕が汚れないように
何時、嘔吐があっても対応できるように
準備をしておく事に。 
 
 
《23時頃》
  
咳き込みだした父が
顔を横にしたので
使い捨てのゴム手袋をはめて
ビニール袋を広げている途中で嘔吐。 
  
 
ビニール袋は間に合わず
ゴム手袋をはめた手で咄嗟に受けると
ズッシリとした重さと

生温かさがゴム手袋越しに伝わってきました。 
  
 
父の顔を見ると
口の端から血が流れていて

受け止めた私の掌の中は
血で溢れ返っていました。 
  
 
液体状の中に
ゴルフボール程のゼリー状に固まった血が2つ。
  
 
大量の吐血に
動揺しながらナースコール。 
 
でも
夜の看護師さんが少ない時間帯。  
2度3度とナースコールを押しても
なかなか看護師さんは駆けつけてくれない。 
   
 
 
情けない話ですが・・・
看護師さんが来るまでの間
父に声を掛ける事しかできない私は
何もできない無力さが
情けなくて、悔しくて、悲しくて
そして
一人の心細さと不安で
頭の中はぐちゃぐちゃのパニック状態でした。 
 
 
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コメント

情けなくありませんよ。
お父様に声をかけ続けられただけでも
さすが!ですよ。

看護でも、辛い場面があったのですね。

辛いことをたくさん経験し、
乗り越えられてきた白ネコさん。
これからの人生を生きていく力になりますね。

これも、お父様からのプレゼントだったのかもしれませんね。

投稿: miki | 2008年4月15日 (火) 11時03分

大変つらい状況だったんですね。一人ではその場を離れて看護師さんを呼びに行くことも出来ない状況です。
お父様に声をかけれただけでも立派ですよ。
医療従事者の私も恥ずかしながら新米の時は足がすくんで声にならない時がありました。
最愛の息子が怪我した時は流れ出る血を見て看護師のくせに何してるんだろうと情けなくなったときもありました。
白ネコさんはしっかりとその場を離れずよく声をかけましたね。
どうかその事で自分を責めたりしないで下さいね。お父様もよくやってくれたときっと思っていらっしゃいますよ。
その事を引きずっているとお父様はきっと心配なさいますよ。
でもよく短い期間の中でこのつらい体験をブログに書いて下さったととても関心いたしました。ありがとうございます。

投稿: 復帰Ns. | 2008年4月15日 (火) 16時31分

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