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2008年3月31日 (月)

闘病記 11  癌告知(4)

看護師さんに案内された診察室に入ると
パソコンの置かれた机の前に
先生が一人座り 
その後方に若い先生が立っているだけで
父の姿はありませんでした。 
 
  
 
机の上のパソコンには
受けたばかりの【CT】画像が映し出されていて
先生は画像の一つ一つを
順番にクリックして拡大しながら説明を始めた。
  
       
 
そして
父の病名と余命が告げられました。
  
 
「肝癌です」 
 
 
「末期です」  
 
 
「あと数日です」
 
  
 
   
 
《肝癌》 《末期》 《あと数日》

《肝癌》 《末期》 《あと数日》

《肝癌》 《末期》 《あと数日》


私は、現状を飲み込み
現実を受け止めようと
先生の言葉を何度も何度も
頭の中で繰り返していました。
 
 
頭の中も目の前も真っ白で
先生は時間を掛けて
比較的、丁寧に詳しく病状を
説明してくれていたと思うのですが 
《肝癌》《末期》《あと、数日》
この言葉以外
殆んど頭に入ってきませんでした。 
 
 
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2008年3月29日 (土)

闘病記 10  癌告知(3)

2月29日(金) 《12時過ぎ》
  
掛かり付けの病院の先生が
連絡を入れてくれた市民病院へ到着。 
    
    
 
時間外・救急診療の待合室で待つ間
隣のソファに座っていた初老の女性が
腰を押さえながら
「痛い、先生! 痛い!!」と叫んでいた。 
   
その女性の声を聞いていた父は

「痛い、痛いって・・・・ 
 かわいそうだな・・・・・」

と小さな声でポツリ一言。 
 
その口元は
相変わらず血だらけで
父の顔を見ているだけでも辛かった。
     
    
 
市民病院での
待ち時間は殆んど無く
直ぐに処置室に呼ばれ
【血液検査】が始まった。 
  
  
痛がって動いてしまう
父の腕と体を
母と二人で抑えての【採血】。
    
針が刺さる際、父は

「痛いっ!!
 母さん、痛い!!」 
と叫び
何度も母に助けを求めていました。 
   
 
その後
【CT】【レントゲン】【エコー】と検査が続き
私と母は結果が出るまで
待合室で待つように指示を受けました。 
  
  
 
《15時》 
私のカバンの中には
チョコレートカステラと
ビスケット菓子タイプの栄養補助食品。 
    
それは
掛かり付けの病院での診察が終わったら
父に食べてもらおうと思って持ってきた物。 
  
  
お昼ごはんを食べていなかった私達は
父に食べてもらう筈だったお菓子を
待合室でコッソリと
お昼ごはん代わりに食べました。 
  
 
正直、お腹は空いていなかったし
食欲は全く無かった。 
  
でも
『きっと、忙しくなる・・・・・
 食べて体力を維持しなくてはっ!』

という思いだけで 
殆んど本能的に食べていたと思う。 
   
  
 
《多分、16時頃》
 
名前が呼ばれ
看護師さんに誘導されながら
私と母は先生の待つ診察室へ入りました。 

  
  
  
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2008年3月28日 (金)

闘病記 9  癌告知(2)

2月29日(金) 《10時30頃》 
  
掛かり付けの病院へ行く
準備をしていると
昨日の夜までは
右股の付け根辺りにしか
できていなかった【赤い斑点】
体全体に広がっているのに気付きました。 
    
口の中は血だらけで
笑った父の口元は真っ赤に。 

   
《11時頃》
病院に到着。
   
病院の入り口は
7段くらいの階段があり
階段の横には
螺旋状の緩やかなスロープ。 
  
私達はスロープを選び
父の両脇を母と私の二人で確りと支えながら
ゆっくりゆっくり上って行きました。 
   
     
途中、何度も足が止まり
フラフラと不安定になる父に 
私と母は
『それ、1・2・1・2』と掛け声を掛け
『頑張って、もう少しだよ』と励ましながら
上って行きました。 
  
病院内では車椅子をお借りしたので
これが父の
最後の歩行です。
  
   
     
込み合う時間帯を避けただけあって
診察を待っている人も少なく
受付を済ますと
直ぐに順番は回ってきました。 
  
診察室に車椅子のまま入り
先生に之までの経緯を説明。 
  
【発熱】【口腔内の出血】 
それから
今朝になって体中に広がった【赤い斑点】 
 
一通り説明すると
先生は直ぐに
昨日受けた【CT】と【血液検査】の結果を
パソコンで調べ始めました。 
   
 
昨日の今日なので
【CT】の画像も検査結果も
途中までしか出ていません。 
     
それでも
途中までしか出ていない検査結果を見た先生から
 
「今直ぐ市民病院へ行って下さい
 連絡をしておきます」

   
「詳しい検査を見なければ分りませんが・・・・・・
 もしかしたら・・・・・・・
 そのまま入院になって
今日は帰れないかもしれません」

     
 
全く予想していなかった先生の言葉に
私と母は混悪しつつも
何か深刻な事態が
父の体に起きているのを
ヒシヒシと感じ取っていました。 
  
   
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2008年3月27日 (木)

闘病記 8  癌告知

そして
2月29日金曜日。
   
入院当日。
癌の告知を受けた
忘れられない日。 
    
    
父との同居を始めてから
私の生活は
深夜2時に就寝して
朝5時に起床する
睡眠時間3時間生活を送っていました。 
   
 
何時ものように5時に起きて
父が寝ている間に
済ませておきたい
家事仕事をしていました。 
 
 

《6時頃》
いつもより1時間早く起きた母が
『お父さん、熱があるみたい』
と私の所へ来て
体温を測ると、熱は【38度くらい】
   
  
《8時頃》
父に付き添っている母に
朝食を持って行くと
父は前日に届いた新しいベッドで眠っていて 
その足元には
愛犬どるちぇ君が
少し心配そうにピッタリと寄り添っていて
仲の良さそうな二人(?)の光景が
今も目に確り焼きついています。
   
 
この時は既に
熱も下がり平熱に戻っていましたが
安静を取ってデイサービスをお休みして
念の為、掛かり付けの病院へ行く事にしました。 
  
    
 
《9時頃》 
母が目を覚ました父を連れて
私の居るリビングへやってきました。 
   
父は【動き】
も【反応】も【顔色】も悪く
見るからに具合が悪そう。 
 
それでも
少し何か食べてもらいたくて
昨晩と同じ
甘いホットミルクに食パンを浸した物を
父に勧め、全介助で食べてもらいました。 
 
 

甘いホットミルク250mlと
6枚切りの食パン1/2枚。

  
これが
父の最後の食事となりました。 
  

 
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2008年3月26日 (水)

闘病記 7  入院前日(2)

昼食時の嘔吐の後
【プリン】と【どら焼き】を食べ
少しお腹が満たされたところで
お昼寝タイムにしました。 
   
 
この日の午後は   
今後の介護を考えて
ネットで購入した折りたたみベッド
丁度、届いたので
試し寝がてらのお昼寝タイム。 
 
 
 
夕方5時頃
お昼寝から起きた父の口は
昼間より更に血が滲んでいたので
直ぐに、口腔外科に相談して
翌29日の夕方に予約を入れました。 

  
 
夕方、18時頃。 
私達家族の最後のおやつタイムは 
コンビニで見つけた
新発売のチョコレート。 
   
お皿に並べたチョコレートを
リズミカルにパクパクと食べ
お気に入りの甘い【チャイ風ドリンク】も飲み干して
父は見事に完食していました。 
  
  
しかし
20時頃の夕食時では
半分位食べた辺りで再び嘔吐。 
  
  
そして
口の中は歯茎から滲んだ
更に血で真っ赤・・・・・・
 
 
昼食時と同じく
少し時間を置いてから
胃に負担が少なく食べ易い
甘いホットミルクに食パンを浸した物を
ゆっくりゆっくり食べてもらいました。 
 

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2008年3月25日 (火)

闘病記 6  入院前日

2月28日(木) 入院前日。 
  
  
この日は
朝10時30分から
予約を取った【CT】を受ける日。
 
 
検査の為
父は朝食抜きで出掛け
【CT】を無事に終え
帰宅したのは

12時少し前くらい。 
  
   
朝食を抜いているので
胃に負担の少ない
【おじや】を昼食に用意して
いつものように
全介助で父に食べてもらっていました。 
   
 
お腹が空いていたらしく
美味しそうに
順調に食べ進めていたのですが 
半分位まで食べた辺りで
父の口が止まり
様子を伺っていると
突然、嘔吐。 
   
 
空腹時に
勢い良く食べ進めたのが原因かと
思った私は
父の大好物である
甘い物を少量ずつ食べてもらおうと
直ぐにコンビニへ行きました。
  
  
嘔吐から約1時間後。
落ち着いた様子の父に
コンビニで購入した
【どら焼き】と【プリン】を勧めると
嬉しそうにパクパクと食べてくれました。 
  
  
胃に負担が掛からないように
【プリン】を1/2と【どら焼き】1/4を
食べた所で一旦休憩。 
  
暫く時間を置き
残りの【プリン】と【どら焼き】を

食べてもらいました。 
  
 
 
この時
【口腔内の出血】は酷くなっていて
父の歯茎からは
血が滲んでいました。 
  
 
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2008年3月24日 (月)

闘病記 5

父の体に現れた異変は
【足の浮腫み】
【足の付け根にできた赤い斑点】
に続いて
【口腔内の出血】という症状も
出てきました。 
   
  
この症状が始まったのは
入院する4日前。
 
2月25日の事です。 
  
 
25日と26日の朝
父の枕に血の混じった
ヨダレの跡が僅かにありました。 
 
 


出血は朝の寝起きの時だけで
昼間は出血が見られなかった為
『歯槽膿漏が悪化したのかな?』
程度しか考えておらず
気に留めていませんでしたが
その後
28日に急激に出血量が増え
流石に心配になった私と母は
歯医者さんで見てもらう事に決めました。 

しかし
同じ動作を続ける事が困難な父が
歯医者さんの治療中
口を開け続けて居られるかどうか
という問題があり・・・・・・・・
 
   
そこで
歯科ではなく口腔外科へ電話をし
父のアルツハイマーの症状を説明して
受け入れてくれるのを確認してから行く事に。
 
 
受け入れてくれる口腔外科は
直ぐに見つかり
早速、29日の午後に予約を取りました。 
 

でも
29日に父が末期の癌であることを
告げられた私達と
そのまま入院した父が
この日
予約を取った口腔外科へ
行くことはありませんでした。
 
 
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2008年3月22日 (土)

闘病記 4

父の体に異変が現れたのは
入院する一週間程前。 
   
多分、2月21日頃だったと思います。 
  
   
  
右側の太腿根辺りの皮膚が
赤くなっているのを見つけました。 
 
  
 
それは一見すると
ただ皮膚が赤いだけなのですが
じっくり近くで見ると 
極々小さな赤い斑点が
無数に広がっているという状態のものでした。  
    
  

斑点は就寝時に
【おねしょ対策】で着ける【
オムツ】の位置と
丁度同じだった為
私と母は
蒸れて【汗疹】や【かぶれ】を
起こしたものと思い込み
皮膚薬を塗って
様子を見る事にしたのです。 
  
 
しかし
 
薬を塗っても斑点は治まらず
徐々に広がっていきました。 
 
 
  
  

    
父がお世話になっていた
デイサービスの連絡帳にも
2月25日と26日のページには
【右陰部から右太腿にかけて
赤い斑点の様なものがあります。】という
斑点に関する事が書かれていました。 
 
 
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2008年3月21日 (金)

闘病記 3

今年に入ってから
アルツハイマーの症状は
更に進行していました。 
 
  
2月16日は特に症状が重く
急激に動きも悪くなり
アルツハイマーよりも
脳梗塞の方が心配になって
2月18日の夕方
掛かり付けの病院で
『精密検査を受けたい』
という意向を伝えました。
   
 
 
先日(14日)受けた血液検査の結果は
一週間後の21日に来院して聞く予定でしたが
病院を訪れたこの日
丁度、結果も出ていて・・・・・・
  
 
検査結果を見た先生から
肝機能の低下を指摘され
『脳と一緒にお腹の方も
 全て検査してもらいましょう』
という提案を受け
28日に【CT】の予約を入れて頂きました。 
   
  
 
この時の血液検査の結果では
確かに肝機能の数値は悪いものの
特別に急を要する内容ではなかった為
正規の予約で検査を受けたのです。 
    
  
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2008年3月20日 (木)

闘病記 2

父が病院で処方して頂いた
花粉症の薬は錠剤タイプ。 
  
 
嚥下の状態が悪くなり
上手く飲めなくなってきたので
粉タイプの物に変更して欲しくて
掛かり付けの病院へ相談しに行ったのが
2月14日木曜日
 
この時
足の浮腫みについても
相談しました。 
 

もしかしたら腎臓からの影響で
浮腫みを生じている可能性もあるので
念の為
血液検査をする事に。 
 
 
血液検査の結果が出るのは
数日後ですが
それ以外の
口腔内や血圧等の検査では
何の問題も無く
私も母も単純に一安心していました。 
    
 
取り合えず
浮腫み対策として
【利尿剤】を処方して頂き
この日は病院を後にしました。 


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2008年3月19日 (水)

闘病記 1

今になって冷静に思い返してみると
父の体調に変化があったのは
一ヶ月程前でした。
  
  
 
尿の出が悪くなり 
定期的にトイレ誘導しても
用を足せない事が増えていました。 
  
 
しかし
トイレ誘導で出なくても
リハパンやパッドには
ズッシリと重みのある量の
尿が出ていたので
殆ど気にしていませんでした。  
   
   
足の浮腫みも
この頃から始まったと思います。 
     
 
 

これ等の症状が出始めた時期は
丁度、花粉症の薬
服用し始めた時期と重なっていていましたし
薬の副作用で
『尿の出が悪くなる可能性もある』という
お話を主治医から
前以てお話を伺っていたので
私も母も病気に関しては疑わず
全ては薬の副作用によるものと
思い込んでいました。
  
  
 

アルツハイマーの症状により
言語の分野いも低下し
体の不調を訴える事もできなくなっていましたが
私が見る限りでは
体調が悪そうな雰囲気も無く
食欲も旺盛で食事もオヤツも
毎日、完食していましたし
顔色も良く
健康そうに見えていました。
  
 
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2008年3月17日 (月)

闘病記 ~はじめに~ 

3月11日に亡くなった父。
原因は肝臓と膵臓の癌でした。 
    
   
先生のお話では
恐らく膵臓癌が先で
肝臓に転移したのだろうとの事でした。 
 
  
父の病気が発覚したのは
2月の29日。 
 
 
その日のうちに入院して
僅か12日間で亡くなりました。
  
 
 
癌だと分った時には
既に末期で
手の施しようがない状態でした。 
  
 
 
父はアルツハイマーの症状が進み
自分で体調の不調を訴える事ができませんでした。 
  
だからこそ
私達家族が傍にいて
常に体調の変化には
気を付けていたつもりだったのに
父の病気に気付く事ができませんでした。  
  
   
   
 
今になって思うと
確かに体調の変化は
一ヶ月ほど前からありました。 
 
 
これから
父が亡くなる一ヶ月前からの
体調の変化を
順を追って日記にしていきます。
   
  
愛する家族が
アルツハイマーの症状により
不調を上手く伝えられずに
病気の発覚が遅れるという状況を防ぐ為にも
これから書き残していく
私達家族の日記が
少しでもお役に立てれば幸いです。 
  


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2008年3月15日 (土)

何所を見ても・・・・

家の中は父の物がいっぱい。 
 
  
洋服、下着類、リハパン類、食器類・・・・

父の使っていた物を
数え上げたら切が無い。 
 
 
何所を見ても父の物だらけ。 
 
 
 
今後の介護に備えて買った
折りたたみ式のベッド
結局、使ったのは1日だけ。
 
 
 
父が入院してから
折り畳んだままになっていた
ベッドを広げて横になってみた。
 
  
入院した日の朝の光景が
鮮明に思い出される。 
 
 
あの日
ベッドに横たわる父の足元には
愛犬どるちぇ君が居て
たった1日で
二人とも(父とどるちぇ君)ベッドに
馴染んでしまった様だった。 
 
 
たった1日しか使っていないのに
父の思い出が染込んでいる。 
 
 
 
  
暫くは
家の中の何を見ても
父の事を考えてしまうだろう。
  
でも
無理に忘れる必要も無いし
それでいいと思う。
 
 
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2008年3月14日 (金)

葬儀

11日に通夜
そして
12日に葬儀を執り行いました。 
  
  
   
父の病気が発覚し
入院してから葬儀まで僅か2週間。 
  
この2週間は慌しくて
何が起こったのか
どう過ごしていたのか
母も私も記憶がボンヤリしていて
ハッキリと思い出せません。 
 
 
でも
徐々に思い出しながら
父と過ごした12日間の入院生活を
ブログに残したいと思います。 
  
 
   
皆様からのコメント
本当に嬉です。 
 
温かい言葉の数々に
私達家族は
凄く救われています。 
  
言葉に出来ないくらい

感謝しています。 
力を頂いています。 
 

ありがとうございました。 
 
  
もう少し
【ちょこっと幸せ】
にお付き合い頂けたら幸いです。

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2008年3月13日 (木)

亡くなりました

3月11日 午前2時49分
  
父が亡くなりました。
 
 
 
66歳でした。 
 
 
 
 
父は最後のその時まで立派な父でした。
   
   
  
   
 
父の子供として生まれ
父の家族でいられた事に
感謝の気持ちでいっぱいです。 
  
  

私達家族にとって最高の父です。
  
今までも
これから先も
ずっとずっと
父は最高の父です。 
 
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2008年3月 8日 (土)

入院

2月29日
父は緊急入院しました。
  
   
 
 
 
病名は肝癌でした。
  
 
 
  
 
末期でした。
 
  
  
  
 
29日の診断では
あと数日との事でしたが
翌日の診断では
数週間と言われました。 
  
 
父は今頑張っています。 
  
辛い状況の中
時折、笑顔を見せて頑張っています。 
  

だから
最後のその時まで
私も母も頑張ります。 
 
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