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2006年7月31日 (月)

私のお父さん

 私の父は「若年性のアルツハイマー」です 

 最初に、家族が父の変化に気付いたのは2001年頃のことでした。

 毎朝、新聞の記事を選んで、ノートに写し書きをすることを日課にしていた父の文字に変化が見られるようになったのです。そのノートの文字は日を追うごとに乱れていき、書いている本人ですら読み取ることが困難になっていきました。最初は単純に、老眼が進んだせいだと思い、眼鏡を新調たり、ルーペを使って新聞の書き取りをつづけていましたが、以前の文字に戻る事はありませんでした。

 次第に、字を書くことに自信をなくしていった父は、病院の受付、結婚式での記帳等、人前で字を書こうとすると手が震えるようになり、ついには一切字を書くことができなくなりました。

 文字の変化と同時期にネクタイの締め方が分からなくなり、枕カバーを掛ける等の日常生活における単純作業等に支障をきたすようになりだしました。

 その一年後には、ハンガーにシャツを掛けることができなくなり、電化製品が使えなくなり、お洒落好きで身嗜みには人一倍気を使っていた父がヘアースタイルを整えず、髭も剃らずに平気で外出するようになりました。

 仕事で介護ヘルパーをしている母は、そんな父の姿を見て直ぐに「若年性アルツハイマー」の存在を疑い始め県内で最もアルツハイマーの治療が進んでいる病院での検査を父に薦めましたが、父は検査を承諾してはくれませんでした。

 熱心に説得すること約半年、父は検査を受けることをやっと承諾してくれました。

 下された診断結果は、 

「若年性アルツハイマー」でした。

2006年8月現在の父の状態

・ 自宅の住所、電話番号が言えません。

・ 着替え、外出先でのトイレ、食事、生活のほぼ全般 に介助が必要。

・ 判断力、思考力、行動力、空間認識機能の低下。
 構成障害、失見当識。

・ 食事も5分後には、何を食べたか覚えていません。

 (父の症状は通常の若年性アルツハイマーと違い言語における脳の萎縮が見られないため、日常会話なら通常の人と何ら変わりなく交わすことができる珍しいケースだそうです。「自分の置かれている状況が把握できてしまう為、本人にとってはつらいでしょう。」と主治医の先生が仰っていました。)

 そんな状況の生活の中で私と母とで行き着いた答えは、介護をする側も、受ける側もストレスを抱えない楽しい介護生活です。

 5分後には何も覚えていないかも知れないけれど、「楽しい」「美味しい」「嬉しい」とその時だけでも喜んで幸せを感じてくれればいいと母と私は考えています。それが私達にとっても喜びでもあり、幸せなんです。 

 父が喜んでくれた事をマイペースではありますが、紹介していく事ができれば幸いです。

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